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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)163号 判決 1960年9月30日

判  決

昭和三四年(ネ)第一六三号事件控訴人

大阪市

右代表者大阪市長

中井光次

右訴訟代理人弁護士

堀川嘉夫

右指定代理人

平敷亮一

稲田芳郎

昭和三四年(ネ)第一七二号事件控訴人

大阪府

右代表者大阪府知事

左藤義詮

外六名

右七名訴訟代理人弁護士

中井弥六

大阪府吹田市一〇二一番地

引受参加人

寺西富三郎

右訴訟代理人弁護士

浪江源治

和歌山県新宮市新宮六八〇番地

昭和三四年(ネ)第一六三号、同年(ネ)第一七二号事件被控訴人

蛭子井伊作

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

吉田朝彦

右当事者間の所有権移転登記等請求控訴事件について、当裁判所は昭和三五年九月一四日終結した口頭弁論に基き次のとおり判決する。

主文

1  控訴人大阪市、大阪府、西田正嘉、中川嘉平、西野長太郎、中野民三郎の本件控訴をいずれも棄却する。

2  被控訴人と控訴人大阪府との間において、原判決添付第一物件表記載の土地、被控訴人と控訴人大阪市との間において原判決添付第二物件表記載の土地は、それぞれ被控訴人の所有であることを確認する。

3  控訴人中川嘉平は、被控訴人に対し原判決添付第五物件表記載の土地上にある木造平家建バラツク小屋床面積約六坪を収去せよ。

4  控訴人小山利一、小山トヨは、被控訴人に対し原判決添付第六物件表記載土地(その持分二分の一ずつ)につき所有権移転登記手続をし、かつ、これを明け渡せ。

5  引受参加人は、被控訴人に対し原判決添付第四物件表記載の土地につき所有権移転登記手続をし、かつ、これを明け渡せ。

6  控訴費用は、控訴人等の負担とし、引受参加によつて生じた費用は引受参加人の負担とする。

事実

控訴人等は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、引受参加人は、「被控訴人の請求を棄却する。」との判決を求め、被控訴人は主文第一項から第五項までと同旨及び控訴費用は控訴人等の連帯負担とする。との判決を求め、被控訴人は控訴人大阪府、大阪市に対する本訴請求のうち原判決添付第一、第二物件表記載の土地明渡請求を減縮(取下)し、同控訴人等はそれぞれこれに同意した。

当事者双方の主張は、

被控訴人の方で、

原判決添付第一、第二物件表記載の土地は、いずれも被控訴人の所有であるところ、控訴人大阪府は右第一物件表記載の土地、控訴人大阪市は、右第二物件表記載の土地がそれぞれ自己の所有であるとして、被控訴人の所有であることを争つているので、被控訴人は、控訴人大阪府、大阪市と被控訴人との間で、右各土地がそれぞれ被控訴人の所有であることの確認を求める。

第一審被告尾野佐知子は、昭和三三年七月一三日死亡し控訴人小山利一、小山トヨがその相続人となり、原判決添付第六物件表記載の土地を共同相続(持分二分の一ずつ)し、同年九月一〇日その旨の所有権移転登記手続をし、占有すべき権原なくして、これを占有しているものであるから、被控訴人は、控訴人小山利一、小山トヨに対し、所有権に基いて、右土地について所有権移転登記手続及びその明渡を求める。

第一審被告三千菊次郎(その控訴後、被控訴人は第一審被告三千に対する訴を取り下げ、同被告は訴の取下に同意した。)は、昭和三一年九月二九日訴(請求)取下前の引受参加人西野清一(同西野清一は訴の取下に同意した。)に対し原判決添付第四物件表記載の土地を売り渡し、昭和三四年一一月二四日その所有権移転登記を経由し、これを引き渡した。西野清一は、昭和三五年四月一八日引受参加人に対し右土地を売り渡し同月二〇日その所有権移転登記手続を経由してその引渡をし、引受参加人は占有すべき権原なくしてこれを占有しているものである。右所有権移転登記は真実の権利関係に合致しないものである。被控訴人は、所有権に基き、引受参加人に対し右土地について所有権移転登記手続及びその明渡を求める。

控訴人中川嘉平は、原判決添付第五物件表記載の土地の中央よりやや東寄りの部分に木造平家建バラツク小屋床面積約六坪を建築所有してその敷地部分を、占有すべき権限なくして、占有しているので、被控訴人は、右土地の明渡請求に追加して、右建物の収去を求める次第である。

自創法九条一項ただし書の「当該農地の所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないとき」とは、買収手続に関する各機関が、その権限と義務とを行使したうえで、なお「その所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないとき」を意味するのである。控訴人等、引受参加人主張の「地主名寄帳」は、東淀川区農地委員会が置かれた東淀川区役所内の同区役所税務課に保管されていたものであるが、右地主名寄帳に従前から記載されていた被控訴人先代蛭子井正信の住所の「南満洲安東県南二条通四の一」は、原判決添付第一物件表から第八物件表まで記載の土地(以下本件土地という。)の地番等が「農地明細表」に記載された後、その買収計画が定められた昭和二三年一〇月一八日以前に、「三重県南牟婁郡鵜殿村蛭子井伊作方」と訂正されていたのであるから、同委員会が当時どのように多忙であつたとしても、右地主名寄帳を閲覧調査するわずかな手数によつて、容易に被控訴人の住所を知り得たのである。東淀川区農地委員会の買収手続事務を指導監督していた京都農地事務局は、当時右のような調査をする必要はないように指示していない。他方、被控訴人はおそくとも昭和二二年九月一四日か一五日までには、自己の住所が鵜殿村にある旨同区役所税務課に届け出ているのである。被控訴人の右住所は、当時容易に判明する状況にあつたのであるから、買収令書の交付は不能ではなく、これに代へる公告が行われても買収の効果は生じない。

被控訴人は、昭和二六年一〇月二五日大阪府農業委員会に対し本件農地の買収処分に関する陳情をし、同年一二月一一日付で同委員長よりその買収手続に違法はない旨の回答を受けているが、被控訴人は本訴において、先決問題として、まず右買収処分の効果が発生していないこと、つまり右公告処分に重大かつ明白な瑕疵があることによる無効原因の瑕疵を主張しているのであつて、取り消し得べき瑕疵を主張しているものではないから、本訴における買収処分の無効の主張には、行政庁の違法な処分の取消訴訟に関する出訴期間に関する規定は適用されない。

被控訴人は、昭和二八年六月二日本件農地買収の対価である供託金の還付を受けたけれども、これをもつて被控訴人に対し本件農地の買収令書の交付があつたものとすることはできない。けだし、自創法は同法九条の規定による買収令書の交付もしくはこれに代へる公告をもつてのみ買収処分の効果、すなわち国に対する当該農地の所有権移転があるものとしているのであつて、買収令書の交付もしくはこれに代へる公告がないのに、買収の対価の受領によつて買収処分の効果が生ずるものとするならば、同法九条の法意は没却せられることになるからである。

買収の対価の受領行為には、買収処分に対する異議権、訴願権、取消訴訟・無効確認訴訟の訴権を放棄する意思が表示されているものと解することはできない。異議権、訴願権、訴権は公権であつて、私人がこれを放棄することはできない。たとえ私人間における訴を提起しない旨の合意が、私法上有効であるとしても、農林大臣の買収の対価の供託と被控訴人のその供託金の受領との各行為に、右合意、すなわち訴を提起しない旨の契約について申込と承諾とがあるものと解することはできない。被控訴人は、本件農地の買収の効果を承認してその対価を受領したものではないし、本訴を提起しない意思があつたわけでもなく、もし被控訴人が本訴のような救済手段があることを当時知つており、かつ、その対価を受領したならば、もはや本訴で主張しているような効済手段を失うものと知つていたならば、買収の対価を受領したりなどしなかつたものである。仮に訴を提起しない旨の合意が成立するものとすれば、その要素に錯誤のある無効のものである。被控訴人は、昭和二六年一〇月二五日大阪府農業委員会に対し前示陳情をした際、他に法律上の救済手段がないものと考えていたものであつて、右陳情によつて、大阪府農業委員会が職権を発動して本件農地の買収手続を取り消すことを期待していたにすぎないのである。ところが同農業委員会は右買収手続に違法はない旨回答したので、被控訴人はそのように信じていたものであり、後日になつて、そのうちに買収の対価もとれなくなる旨知人よりいわれてこれを受領したにすぎず、被控訴人はその買収処分のあつた後も長期間本件農地の公租を納付していたのである。被控訴人が買収の対価である供託金の還付を受けたのは、大阪府農地部農地課のあつせんによるものであつて、被控訴人は同課に自己の印と印鑑証明書とを持参し同課に備付されていた乙第一二号証の不動文字が印刷されている委任状用紙に年月日を記入し、署名押印しただけのことであつて、みずから面倒な手続をしたことはない。

被控訴人は、昭和三〇年九月一一日村上英世ほか三名より五万円を受け取り乙第五号証の同意書に署名押印したのであるが、当時農地であつた前示第二物件表記載の土地所有権に基く所有権移転登記請求権及び訴権を放棄したことはない。前述のとおり、訴権は公権であつて、これを放棄することはできないものである。被控訴人は、前述のように、本訴のような救済手段があることを知つておらず、前示土地の時価に比べて極めて少額の五万円を受領してその所有権に基く登記請求権を放棄する意思はなかつたのである。たとえ被控訴人がこれを放棄し、かつ、訴を提起をしない旨の合意をしたとしても、それは要素の錯誤に基くものであつて無効である。本件農地の買収令書の交付に代へる公告には、取り消し得べき瑕疵ではなく、無効原因の瑕疵があることも前述のとおりであつて、その主張に対し信義則の適用はあり得ず、当然無効のものがその適用によつて有効となることは自己矛盾である。またこの場合、無効行為の転換の理論を適用すべき要件も存しない。控訴人大阪市が、一般に農地を買い受けてこれを宅地に転用しようとする場合、いわゆる旧地主から乙第五号証の書面のような同意書を徴していることを被控訴人は認めるものであるが、それは同控訴人がその買受につき大阪府知事の許可を受けるにあたり(大阪府が農地を買い受けるについては、その許可を必要としない。)、当該関係機関にしばしば加えられる旧地主の有形無形の圧力、妨害を予防する目的で徴されるのであり、その際旧地主に交付される若干の金額は、その売主からその受けるべき売買代金中より先渡されるものである。このような同意書は、旧地主が右のような事実上の妨害や圧力を加えないことを約する趣旨のものであつて、買収手続の瑕疵が後日発見されてもその所有者の方で救済手段をとらないことを約したり、その所有権を被控訴人大阪市に帰属させる意思を表示するものではないのである。このことは、控訴人大阪府がこのような同意書を徴していないことによつても明らかである。したがつて、被控訴人が買収の対価や前示五万円を受領しているからといつて、本件買収処分の効果の生じないことを主張しても、それが信義則に反するものということはできない。

大阪府知事は、本件農地の買収令書の交付に代へる公告をした後の昭和三四年二月一日頃自創法九条に基く本件土地の買収令書を被控訴人に交付した。もとより大阪府知事は前示公告をしたことを十分知りながら、右買収令書の交付をしたものである。しかも、大阪府知事は昭和三五年四月二一日前示買収令書の交付を取り消す旨を被控訴人に通知した。そうすると、後に行われた買収令書の交付の効力の有無は別論として、それより先に為された買収令書の交付に代へる公告が無効のものであると大阪府知事は判断したものというべきである。

と述べ、

控訴人大阪府、大阪市、西田正嘉、中川嘉平、小山利一、小山トヨ、西野長太郎、中野民三郎、引受参加人(以下、控訴人大阪市を除くその余の控訴人等と引受参加人とを控訴人大阪府ほか七名という。)の方で、

東淀川区農地委員会は、昭和二一年一二月二五日頃設置され、その事務局は大阪市東淀川区役所内に置かれ、同日頃から事務を開始した。農地買収事務は、自創法、農地調整法、それらの附属法令、農林省の通達、大阪府知事の指示等によつて行われたのであるが、同委員会は昭和二二年一月二四日農地買収事務について全般的方針を定め、まず東淀川区の地域にある農地全部の地番、地目、地積、所有者、納税管理人の住所氏名等を東淀川区役所税務課備付の土地台帳副本、地主名寄帳より「農地明細表」と題する帳簿に転記する事務に着手し、同年二月六日に不在地主所有農地、在村地主所有農地に関するものそれぞれ四冊、法人所有農地に関するもの二冊、合計一〇冊総計一四六八枚の「農地明細表」が完成され、それに記載されている農地は、総計一万三九一五筆九八六町二反余で、その所有者は総計二三八三名である。この農地明細表に基いて、東淀川区農地委員会は、昭和二二年三月一五日の第一回から昭和二四年一月二九日の第一一回までの間に、本件土地(当時は、その分筆前の大阪市東淀川区江口町一三八七番地、一三八八番地の二、一三八六番地)につき昭和二三年一〇月一八日なされた第九回買収計画を含め、計六回(第二回から第五回まで、第一〇回は計画しない。)の農地買収計画を定めた(その後第一二回から第一六回まで買収計画が定められた)。その間の買収計画は、すべて右農地明細表に基いて行われ、農地所有者の住所等について、その後あらめて調査は行われておらず、前示第九回買収計画の対象となつた本件土地を含む農地は田二〇町六反六畝二五歩、畑六町五反一畝一四歩、所有者一二三名である。右農地明細表上、本件土地の所有者は蛭子井正信、その住所は満洲安東県南二条通四丁目一番地、納税管理人は大阪市西区(当時浪速区)幸町通四丁目七番地田辺重蔵となつていたので、東淀川区農地委員会は、買収計画を定める前、通常郵便をもつて納税管理人田辺重蔵に被控訴人先代正信の日本における住所を問い合せたが、田辺重蔵は西区に居住しておらず、その郵便物は転居先不明の理由によつて返送された。それゆえ、東淀川区農地委員会は、すでに述べたような事情の下に、一応その住所を大阪市東区北浜三丁目一七番地中野合資会社として買収計画を定めたのであるが、それは正信と連絡がつくであろうと考えてしたものであつて、ことさら無縁の地を住所と認めたものではない。東淀川区農地委員会は、結局日本における正信の住所を不明として取り扱つたものであつて、この取扱になんら過失はない。本件農地の登記簿謄本によると、正信は昭和四年中本件農地を買い受けその所有権移転登記をしており、その際の住所は和歌山県東牟婁郡新宮町一三二番地と登記簿に記載されていたが、昭和一二年一〇月一五日錯誤により右住所を「安東県南二条通四丁目一番地」とする旨の更正登記がされている。正信は昭和一四年七月二五日死亡し、被控訴人は家督相続によつて本件土地を取得し、これを取得したことを知りながら、その所有権移転登記をしなかつたものである。他方、被控訴人は正信死亡の当時兵庫県芦屋市に居住しており、昭和一四年一二月中応召入隊し、昭和二一年四月頃仏印から引き揚げ、その当時母の居住していた芦屋市三条南町一六番地に居住するようになつた。従前から本件土地の納税管理人であつた田辺重蔵は昭和二一年六月中被控訴人に対し大阪市西区幸町通四丁目七番地より豊中市へ転居した旨通知したので、被控訴人は田辺方を訪れ本件土地に関し田辺が代納した税金の領収証を受け取つた。被控訴人は昭和二二年七月中三重県南牟婁郡鵜殿村に転住したものである。田辺重蔵は前記のように豊中市に転住したが、東淀川区役所税務課にその届出をしていない。被控訴人は、昭和二一年六月頃田辺重蔵より前示税金の領収書を受け取つた時から鵜殿村に転住した昭和二二年七月まで約一年間、本件農地に関する租税の納付義務者としての、東淀川区役所税務課に対する所住の届出を怠つていた(昭和二三年七月改正前の地方税法三二条参照)ものであつて、同年七月以後、ようやく正信を所有者としてその住所は鵜殿村である旨届出したものである。

以上の次第であるから、東淀川区農地委員会が同区の地域内の農地全部の調査をし、前示農地明細表の作成を完了した昭和二二年二月六日までに、もし被控訴人が田辺重蔵と会つた当時の昭和二一年六月頃の芦屋市三条南町一六番地の住所を届け出ていたならば、また田辺重蔵が豊田市に転住した昭和二〇年四月頃納税管理人としてのその住所を届け出ていたならば、東淀川区農地委員会は被控訴人の住所を知ることができたのであつて、同委員会としては法令上課せられた調査義務を完全に果していたものであり、被控訴人の住所不明は被控訴人側の住所届出義務を怠つていたことによるものである。さらに、本件土地の買収計画が定められた昭和二三年一〇月一八日現在においては、なるほど東淀川区役所税務課に備付されている「地主名寄帳」には正信の住所が鵜殿村である旨記載されていたけれども、東淀川区農地委員会の方で前示農地明細表の作成完了以後本件農地について再調査をしていないので、被控訴人の住所を知ることができなかつた。しかしながら、東淀川区農地委員会はその管轄区域内の大量の農地について農地買収の大事業を遂行しており、とくに多忙を極めていた昭和二三年頃においては、同委員会の機能上、農地に関する再調査を行うことは不能であつて、同委員会が前示農地明細表に基いて本件農地の買収計画を定めたこと、つまりその再調査をしなかつたことは、行政上の事務処理の立場から是認せられるところである(最高裁判所昭和二五年(オ)第四一六号・昭和二八年二月一八日判決・民集七巻二号一五九ページ参照)。したがつて東淀川区農地委員会が再調査をしなかつたことはなんら違法でなく、そのため本件土地の買収令書を被控訴人に交付することができないものとして行われたその交付に代へる公告に瑕疵はない。

と述べ、

控訴人大阪府ほか七名の方で、

仮に本件土地の買収令書の交付に代へる公告が無効であるとしても、被控訴人は、昭和二六年一〇月二五日本件農地の買収手続について大阪府農業委員会に対し陳情し、同委員会長より買収手続に違法はない旨の回答を受け、その後その買収の対価を受領しているのであるから、本件土地の買収令書は被控訴人に交付されたものとみなすべきであるばかりでなく、被控訴人はその交付を受けていないものとして買収処分の無効を争うことはできないものである。思うに、買収令書交付の目的は、被買収者に対し、当該農地について買収処分の完了したことと、その買収の対価を知らせ、対価を受領できるようにし、もし買収や買収の対価に不服があるときはそれぞれ取消訴訟、対価増額請求訴訟を提起できるようにして、その権利保護あるいは救済の機会を与えるにあるのである。ところで、被控訴人は前示のように本件土地買収について陳情をしており、買収処分の行われたこと、当該農地、その対価を知つていたものであつて、その取消訴訟等をし得たものであり、権利保護の機会は与えられていた。さらに被控訴人は農林大臣が供託した本件土地買収の対価を受領するべく、大阪府知事等より被控訴人がその受取人であることを証する「農地等の対価及損失補償金供託並に債権譲渡事務処理要綱」(通達)に定める「農地対価等の受取人たる証明書」、「住所判明受取人確認証」、「対価等受取人確認証」の交付を受けて右供託金還付手続をし、これを受け取つている。したがつて、買収令書交付の目的は達せられているのであつて、被控訴人はその権利を侵害されておらず、被控訴人は買収令書の交付を受けておらないことを理由として本件土地の買収処分の無効を主張することはできない。

大阪府知事は、本件土地の買収処分の交付に代へる公告について争があるので、念のため、その交付を明確にするべく、昭和三四年一月二六日付で右買収令書を被控訴人に交付したが、昭和三五年四月二〇日これを取り消し、同日その旨被控訴人に通知したものである。

と述べ、

控訴人大阪市の方で、

被控訴人は、昭和二六年一〇月二五日本件土地の買収処分を知つたものとして、大阪府農業委員会に対して陳情したが、同委員会長より同年一二月一一日その買収手続に違法はない旨の回答を受けているものであつて、被控訴人はおそくとも同年一〇月二五日右買収処分のあつたことを知つたものであり、出訴期間内にこれに対する取消訴訟をしようと思えばできたものであつたにもかかわらず、これをしなかつたのであるから、その訴権を喪失したしかも被控訴人は昭和二八年六月二日その買収の対価を受け取つており、もはや右買収処分の取り消し得べき瑕疵を主張できなくなつたものであつて、買収処分は有効に確定された。その瑕疵が無効原因のそれであるとしてもし同様である。被控訴人は買収の対価として供託金の還付を受けており、その還付手続は相当面倒なものであつて、被控訴人はみずから進んでこれをしているものであるから、買収今書の交付に代へてされた公告が無効であるとしても、買収の対価の受領によつて、買収令書交付の効果は適法かつ有効に生じたものである。また被控訴人が面倒な供託金還付手続をいとわずにした買収の対価の受領行為には、買収処分に対する異議権、訴願権、取消訴訟・無効確認訴訟の訴権を放棄する意思が表示されているものであつて、これによつて被控訴人は買収処分の効力を争うことができなくなつたものである。被控訴人は、大阪府農業委員会長より前示回答を受け取つた日から約三年後の昭和三〇年九月一一日農地であつた前示第二物件表記載の土地が、控訴人大阪市の公営住宅建設用地として同控訴人に売り渡されることについて、村上英世ほか三名より同意を求められてこれに同意し、かつ五万円を同人等より受け取つている。がんらい控訴人大阪市においては、一般的に公営住宅用地、学校建物用地等に転用する目的で農地を買い取るにあたつて、まず買収処分に対する取消訴訟・無効確認訴訟が係属しているかどうかを調査してその係属していないことを確認し、その訴の提起されていないものについては、とくに前所有者の同意を得て後日の紛争に同控訴人がまきこまれることを予防しているのである。前示土地の買取にあたつても、同控訴人は右と同様の目的で前述のように被控訴人の同意を得たのであつて、その同意がなければこれを買い取らなかつたものである。被控訴人は、この同意によつて前示土地に対する所有権に基く実体法上の妨害排除請求権及び訴権を放棄しあるいは喪失したものである。被控訴人は、前述のように、大阪府農業委員会に対し陳情し、買収の対価を受領し、控訴人大阪市の前示土地の買取、転用に同意し、その間約三年の日時が経過しているのであるから、もはやその買収処分の効力を争うことはできないし、本訴請求は信義則に反するものであるから許されない。

と述べ、

控訴人小山利一、小山トヨの方で、

第一審被告尾野佐知子は、昭和三三年七月一三日死亡し、控訴人小山利一、小山トヨは、その相続人となり前示第六物件表記載の土地(持分二分の一ずつ)を共同相続し、同年九月一〇日その旨の所有権移転登記を経由し、これを占有しているものである。

と述べ、

引受参加人の方で、

引受参加人は、昭和三五年四月一八日訴取下前の引受参加人西野清一より前示第四物件表記載の土地を買い受け、同月二〇日その旨所有権移転登記を受け、その引渡を受けてこれを占有している。その他の主張は控訴人大阪府ほか七名と同様である。

と述べたほか、いずれも原判決事実記載と同一であるから、これを引用する。

当事者双方の証拠の提出援用認否(省略)

理由

前示第一物件表から第八物件表まで記載の各土地は、もと被控訴人先代亡蛭子井正信の所有であつたが、同人が昭和一四年七月二五日死亡し、被控訴人が同日家督相続によりその所有権を取得したところ、右各土地につき自創法三条に基き、いずれも昭和二三年一〇月一八日買収の時期を同年一二月二日とする買収計画が定められ、昭和二五年八月二一日買収処分を原因とする農林省名義の所有権移転登記がなされ、さらに農林省名義から直接または第三者を経て、控訴人大阪府は前示第一物件表記載の土地につき、控訴人大阪市は右第二物件表記載の土地につき、控訴人西田正嘉は右第三物件表記載の土地につき、第一審被告三千菊次郎は右第四物件表記載の土地につき、控訴人中川嘉平は右第五物件表記載の土地につき、第一審被告亡尾野佐知子は右第六物件表記載の土地につき、控訴人西野長太郎は右第七物件表記載の土地につき、控訴人中野民三郎は右第八物件表記載の土地につきそれぞれ所有権移転登記を了し、現に控訴人大阪府、大阪市、西田、中川、西野、中野がそれぞれ右各土地を占有していることは当事者間に争がなく、第一審被告尾野が昭和三三年七月一三日死亡し、控訴人小山利一、小山トヨがその相続人となり前示第六物件表記載の土地(持分二分の一ずつ)を共同相続し、同年九月一〇日その旨の所有権移転登記を経由したことは、控訴人小山利一、小山トヨと被控訴人との間に争がない。第一審被告三千が昭和三一年九月二九日訴取下前の引受参加人西野清一に対し前示第四物件表記載の土地を売り渡し、昭和三四年一一月二四日その旨の所有権移転登記を経由し、かつこれを引き渡したことは、引受参加人の明らかに争わないところであるから、引受参加人は、これを自白したものとみなすべきである。引受参加人が昭和三五年四月一八日西野清一より右土地を買い受け、同月二〇日その旨所有権移転登記を受け、かつその引渡を受け、引受参加人がこれを占有していることは、引受参加人と被控訴人との間に争がない。

当裁判所が、大阪府知事がもと農地であつた前示第一、第二物件表記載の土地と前示第三物件表から第八物件表まで記載の土地とについて、被控訴人先代正信名義で被控訴人に対し、買収令書を交付し得たにかかわらず、これを交付しないでその交付に代へる公告(自創法九条一項ただし書)をしたものであり、買収処分の効果は生じておらず、したがつて右各土地はなお被控訴人の所有に属するものと認める理由は、次の(1)、(2)を付加するほか、原判決理由(原判決一一枚目表一〇行目から同一五枚目表九行目まで記載と同一であるから、これを引用する。

(1)  (中略)

(2) 被控訴人等、引受参加人は、東淀川農地委員会はその管轄区域内の大量の農地について買収手続をしていたところ、昭和二二年二月六日までに農地を調査して「農地明細表」を作成し、これに基いて買収計画を定めたものであり、その後再調査を行うべき義務はなく、かつ事務繁忙のためその機能上再調査は不能であつたものであつて、もし被控訴人側で右農地明細表作成完了の時までに被控訴人または納税管理人の住所を東淀川区役所税務課に届け出ていたならば、東淀川区農地委員会は被控訴人の住所を知ることができたものであり、被控訴人側で右届出を怠つていたのであるから、同委員会が被控訴人の住所を知ることができないものとしたのは相当であると主張するので考えてみる。(証拠省略)を総合すると、東淀川区農地委員会は昭和二一年一一月二四日頃設置され、その事務局は東淀川区役所内に置かれ、それ以後自創法その他の農地関係法令、農林省・大阪府知事の通達・指示等に基いて、その事務を処理していたものであるが、昭和二二年一月二四日農地調査方法等を定め、まず東淀川区管内の農地全部の地番、地目、所有者、納税管理人の住所氏名等を東淀川区役所税務課保管の土地台帳、地租名寄帳を閲覧して調査し、これに記載してある農地全部約一万筆の地番、地目、地積、所有者の住所氏名を「農地明細表」と題する帳簿一〇冊に転記し、同年二月五日頃その転記を完了し、本件土地の所有者の住所氏名は、「満洲安東県南二条通四の蛭子井正信」、その納税管理人の住所氏名は、「西区幸町通四丁目七番地田辺重蔵」である旨右帳簿のうちの「不在地主農地明細表」に記載されている。これに基いて、東淀川区農地委員会は、冒頭記載のように、昭和二三年一〇月一八日買収の時期を同年一二月二日とする第九回農地買収計画を定めた。これより先、同年八月二三日東淀川区農地委員会は、郵便をもつて大阪市浪速区幸町通四丁目七番地田辺重蔵あてに蛭子井正信の日本における住所を照会したが、右郵便は送達不能として返送された。納税管理人田辺重蔵は、これより先、昭和二〇年四月頃前示住所から大阪府豊中市福井一〇三番地に転居したが、その旨を東淀川区役所税務課に届出しなかつた。他方、被控訴人は、前示(引用にかかる原判決一一枚目表末行の「原告は」より同裏三行目の「有していた」まで)のように、昭和二一年四月海外から復員し、兵庫県芦屋市に居住し、昭和二二年四月頃三重県南牟婁郡鵜殿村一四八〇番地に転居したが、前示農地明細表の作成完了の時である同年二月五日以前には、東淀川区役所税務課に対しその住所を届け出ておらず、同年九月一六日同区役所に本件土地の地租を納付し鵜殿村の住所を届け出たものである。東淀川区役所税務課ではその後まもなく地租名寄帳記載の蛭子井正信の前示住所を「三重県南牟婁郡鵜殿村 子井伊作方」と訂正した。当時政府は、占領軍総司令部の指令に基き、すみやかに農地買収等の事業を完了するよう努力しており、東淀川区農地委員会も通達等により農地買収等の手続に関する事務を時機を失しないよう進捗するよう指示されていた。その監督官庁は、不在地主の貸付地の買収については、まず地租名寄帳から不在地主所有の田畑を転記したり、土地台帳、登記簿を精査するよう指導しており、とくに積極的に再調査をするよう指導していなかつたけれども、各農地委員会の事務局の方で通常可能と認められる限度で再調査をするように指導しており、再調査の必要はない旨指示していなかつた。東淀川区農地委員会が買収手続を行つたすべての農地のうちで所有者の住所不明のものは相当あつたが、当初から住所不明のものは蛭子井正信だけであつたことが認められる。してみると、東淀川区農地委員会が前示農地明細表の作成を完了した昭和二二年二月五日までには、被控訴人側で東淀川区役所税務課に被控訴人またはその納税管理人の住所の届出をしておらず、同委員会はこれを知ることはできなかつたものというべきである。しかしながら、前示認定によると、本件土地の買収計画が定められた昭和二三年一〇月一八日までには東淀川区役所税務課保管の地租名寄帳には、蛭子井正信の住所として「三重県南牟婁郡鵜殿村 蛭子井伊作(被控訴人)方」と記載されていたのであるから、東淀川区農地委員会が右地租名寄帳を閲覧調査していたならば寄易に右住所を知ることができたものというべきである。控訴人等は、東淀川区農地委員会としてはこのような再調査をする義務はないばかりでなく、当時事務多忙であつて再調査はその機能上不能のことに属すると主張するけれども、前示認定によると、監督官庁は再調査の必要がない旨一般に農地委員会に対して指示しておらず、東淀川区農地委員会の事務局は東淀川区役所内に置かれていたのであるし、同委員会の管内で当初から住所不明の農地所有者は、被控訴人だけであつたのであるから、前示農地明細表作成完了以後、同農地委員会は、住所不明の農地所有者については、その再調査を行うべきであり、当時事務が繁忙であつたとしても、再調査は困難でなく容易であつたと認めるのが相当である。本件農地の買収計画の定められた昭和二二年一〇月一八日から大阪府知事が買収令書の対付に代へる公告をした昭和二五年三月二五日まで約二年五カ月間、東淀川区農地委員会はもとより、その承認(自創法八条)をした大阪府農地委員会、大阪府知事が被控訴人の前示住所を明らかにするため、その調査をしなかつたことは弁論の全趣旨によつて明らかである。大阪府知事もまた、前示(引用にかかる原判決一二枚目裏七行目の「一方」から同一一行目の「要しない。」までのように、被控訴人の住所を調査すべきものであり、その調査が不能であつたことを認めるに足りる証拠はないから、調査をすればその住所は容易に判明したものというべきである。したがつて、大阪府知事は、前示買収令書を被控訴人に交付することができたにかかわらず、その交付に代へる公告をしたものであり、特別の送達方法である右公告はその要件を欠くものであるから無効であつて、行政行為である本件買収処分の効果は生じないものといわなければならない(最高裁判所昭和二七年(オ)第七四六号昭和二八年一二月一八日判決・民集七巻一二号一五〇五ページ参照)。

控訴人大阪府ほか七名は、被控訴人は昭和二六年一〇月二五日大阪府農業委員会に対し、本件農地の買収について陳情し、同年一二月一一日付で同会長より買収手続に違法はない旨の回答を受け、その後供託されていた買収の対価を面倒な手続をとつて受領したものであつて、当該農地、その対価を了知し買収処分に対する不服の申立をすることができたものであるから、買収令書交付の目的は達せられており、被控訴人はもはやその効果の生じていないことを主張することはできないものであると主張し、被控訴人が昭和二六年一〇月二五日大阪府農業委員会に対し前示陳情をし、同年一二月一一日付で前示回答を受けたことは被控訴人の自認するところであり、(証拠省略)によると、被控訴人は昭和二八年六月二日前示買収の対価を受け取るべく(被控訴人が同日これを受け取つたことは、被控訴人の争わないところである。)、通達に基く、控訴人大阪府ほか七名主張のような各書面を添付した同月一日付供託物還付請求書を大阪法務局に提出してその還付を受けていることが認められ、したがつて、被控訴人はすでにその当時本件農地の買収処分のあつたことを知つていたものであり、その際不服申立をしようと思えばすることができたものというべきであるけれども、買収処分のあつたことを所有者に告知する方法は、自創法九条の規定上、買収令書の交付または交付に代へる公告による送達方法に限定されているものと解するのが相当であつて、被控訴人が同条に定める送達方法以外の方法で買収処分のあつたことを知つたからといつて、その送達と同一の効力があるということはできない。控訴人大阪府ほか七名の右主張は採用できない。

控訴人大阪市は、被控訴人は前示のように大阪府農業委員会に対し陳情し前示回答を受けたばかりでなく、供託せられた買収の対価を受領したものであつて、すでに買収処分のあつたことを知つていたものであり、これに対する異議権、訴願権、取消訴訟・無効確認訴訟の訴訟を失い、右買収処分は有効に確定しているから、本訴において、その無効であることを主張するを得ないと主張するけれども、被控訴人は、前示買収令書に代へる公告はその要件を欠く無効のものであり、買収処分の効力を生じないものであることを、いわゆる先決問題として、主張しているものである(買収処分が違法なものであるとして取消変更されるべきものと主張しているものではない((自創法四七条の二参照))。)ばかりでなく、一般に無効の行政行為には出訴期間等の経過によつて有効に確定されるべき効力を有しないのであるから、前示買収処分は依然としてその効力を生じていないものというべきである。控訴人大阪市の右主張は採用できない。

控訴人大阪市は、被控訴人は前示のように供託された買収の対価を面倒な手続をして受領し、かつ、昭和三〇年九月一一日前示第二物件表記載の土地を同控訴人が公営住宅用地に転用することに同意し、売渡処分によつて国から右土地の売渡を受けた当時の所有権者村上英世ほか三名から同意料として五万円を受け取つたものであるから、被控訴人は右土地所有権に基く登記請求権及び訴権を放棄あるいは喪失したものであると主張し、被控訴人が同月一一日右土地を同控訴人が公営住宅用地に転用することに同意し、前所有者から同意料として五万円を受け取つたことは被控訴人の争わないところである。しかしながら、前示(引用にかかる原判決一五枚目裏三行目の「原告が」より同一六枚目表四行目の「認められる。」まで)のように、被控訴人は前示買収処分後昭和二六年二月二八日昭和二五年度第三期分固定資産税を納付するまでの間右土地の公租公課を納付しており、居村の所轄税務署の係員から前示買収の事実を知らされ、調査の末、はじめて前示買収処分が完了したことを知り、前示のように昭和二六年一〇月二五日大阪府農業委員会に対し陳情し、同年一二月一一日付で同委員会長より前示回答を受け取つた結果、被控訴人としては、もはや本件農地に関する権利を失い、なんらの救済手段もなくなつたものと考えて前示買収の対価を受領し、かつ、前示第二物件表記載の土地の転用に同意料五万円を受け取つたものである。してみると、被控訴人は右土地所有権に基く登記請求権及び訴権を放棄する意思を有しなかつたものというべきである(訴権の放棄をすることができないものであることはいうまでもない)。したがつて、右土地所有権に基く登記請求権及び訴権は、消滅したものということはできない。控訴人大阪市の右主張は採用するを得ない。

控訴人大阪市は、被控訴人は前示のように大阪府農業委員会に対し陳情し、買収の対価を受領し、かつ控訴人大阪市の右土地の買受、転用に同意し、その間約三年の日時が経過しているのであるから、前示買収処分の効力を争うことはできず、本訴請求は信義則に反すると主張するけれども、前示買収令書の交付に代へる公告がその要件を欠くものであつて無効であり、したがつて前示買収処分の効果が生じていないことは前に説明したとおりである。被控訴人は、右陳情をした際、前示買収処分のあつたことを知つていたものであるか、その買収手続に違法はないものと大阪府農業委員会長より告げられ、右土地所有権を失つたもので救済手段はないものと誰信して国からその対価を受領し、自創法により右土地の売渡処分を受けた者から同意料を受け取つたものであることは前示のとおりであつて、被控訴人は右土地所有権を有しないことを控訴人大阪市に対し確認していないばかりでなく、同控訴人が被控訴人よりこれを取得したものと被控訴人は認めておらず、したがつて被控訴人は右土地所有権を有しているのであるから、本訴において、買収処分の効果の生じていないことを主張することは許されるばかりでなく、右所有権に基く登記請求権を行使すること及び右土地が被控訴人の所有であることの確認を求めることは信義則に反しないというべきである。控訴人大阪市の右主張は採用できない。

してみると、本件土地はいずれも被控訴人の所有であるところ、控訴人大阪府は前示第一物件表記載の土地、控訴人大阪市は前示第二物件表記載の土地がそれぞれ被控訴人の所有であることを争つているので、被控訴人と控訴人大阪府、大阪市との間で右各土地がそれぞれ被控訴人の所有であることの確認を求める利益があるものというべきである。控訴人大阪府、大阪市、西田正嘉、中川嘉平、小山利一、小山トヨ、西野長太郎、中野民三郎、引受参加人が、それぞれ、前示第一物件表から第八物件表まで記載の各土地(控訴人小山利一、小山トヨは、前示第六物件表の土地)についてした各所有権移転記記は、真実の権利関係に合致しないものであるから、控訴人等、引受参加人は、右各土地所有権の公示に協力しなければならないものであつて、被控訴人に対しそれぞれ所有権移転登記手続をするべき義務があるものといわばならない。控訴人西田正嘉、小山利一、小山トヨ、西野長太郎、中野民三郎、引受参加人は前示のように、それぞれ前示第三、第六(控訴人小山利一、小山トヨ)、第七、第八、第四物件表記載の土地を占有しているものであつて、いずれもこれを占有すべき権原を主張立証しないから、その権原を有しないものというべく、被控訴人に対しこれを明け渡すべき義務を免れない。控訴人中川嘉平は、前示のとおり、前示第五物件表記載の土地を占有しているものであつて、同控訴人が右土地上に木造バラツク小屋床面積約六坪を所有していること(当事者間の争のない甲第一九号証による、右土地上に右建物があることが認められる。)は、同控訴人の明らかに争わないところであるから自白したものとみなすべきであり、同控訴人は右土地を占有すべき権原を主張立証しないから、その権原を有しないものというべく、被控訴人に対し右建物を収去して右土地を明け渡すべき義務を免れない。

そうすると、被控訴人の控訴人大阪府、大阪市に対する所有権確認及び所有権移転登記請求、被控訴人の控訴人西田正嘉、小山利一、小山トヨ、西野長太郎、中野民三郎、引受参加人に対する所有権移転登記請求及び土地明渡請求、被控訴人の控訴人中川嘉平に対する所有権移転登記請求及び建物収去土地明渡請求は、いずれも理由があるからこれを認容するべく、控訴人大阪府、大阪市に対する所有権移転登記請求、控訴人西田正嘉、中川嘉平、西野長太郎、中野民三郎に対する所有権移転登記請求、土地明渡請求を認容した原判決は相当であつて、これに対する本件控訴は失当であるから、民訴法三八四条を適用してこれを棄却するべく、訴訟費用の負担について同法九三条九四条八九条を適用して主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第四民事部

裁判長裁判官 熊野啓五郎

裁判官 岡野幸之助

裁判官 小 山 敏 彦

判  決

和歌山県新宮市新宮六八〇番地

原告

蛭子井伊作

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

吉田朝彦

被告

大阪府

右代表者大阪府知事

赤間文三

右指定代理人大阪府事務吏員

河合善彦

(外四名)

被告

大阪市

右代表者大阪市長

中井光次

右指定代理人大阪市事務吏員

横谷義人

(外三名)

大阪市東淀川区江口町二丁目一五〇番地

被告

西田正嘉

(外五名)

右被告六名訴訟代理人弁護士

中井弥六

原告側訴訟代理人

品川澄雄

吉田朝彦

被告側訴訟代理人

中井弥六

〔原判決〕

昭和三一年(ワ)第四五〇三号

昭和三四年一月一三日言渡

右当事者間の所有権移転登記等請求事件につき、当裁判所は昭和三三年一二月一〇日終結した口頭弁論に基き、次のとおり判決する。

主文

一、原告に対し、

被告大阪府は別紙第一物件表記載の各土地につき、

被告大阪市は別紙第二物件表記載の各土地につき、

被告西田正嘉は別紙第三物件表記載の土地につき、

被告三千菊次郎は別紙第四物件表記載の土地につき、

被告中川嘉平は別紙第五物件表記載の土地につき、

被告尾野佐知子は別紙第六物件表記載の土地につき、

被告西野長太郎は別紙第七物件表記載の土地につき、

被告中野民三郎は別紙第八物件表記載の土地につき、

それぞれ所有権移転登記手続をし、かつ、その土地を明け渡せ。

二、訴訟費用は被告等の負担とする。

事  実(省略)

理由

別紙第一ないし第八物件表記載の各土地はもと原告の父正信の所有であつたが、同人が昭和一四年七月二五日死亡し、原告が同日家督相続によりその所有権を取得したところ、右各土地につき自創法第三条に基き、いずれも昭和二三年一二月二日を買収の時期とする買収処分が行なわれ、昭和二五年八月二一日右買収を原因として農林省への移転登記を経、さらに、被告等は農林省から直接または第三者を通じて、被告大阪府は右第一物件表記載の各土地につき、被告大阪市は第二物件表記載の各土地につき、被告西田は第三物件表記載の土地につき、被告三千は第四物件表記載の土地につき、被告中川は第五物件表記載の土地につき、被告尾野は第六物件表記載の土地につき、被告西野は第七物件表記載の土地につき、被告中野は第八物件表記載の土地につき、それぞれ所有権移転登記を了し、それぞれその土地を占有している。以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そこで本件買収処分が無効であるかどうかにつき判断する。

まず、大阪府知事が買収令書を原告に交付せず、昭和二五年三月二五日付大阪府公報第一号外をもつて令書の交付に代わる公告をしたことは、当事者間に争いがなく、(証拠省略)によれば、原告は、昭和一四年入営、昭和二一年四月海外から復員した者で、はじめ兵庫県芦屋に居住していたが、昭和二二年四月頃三重県南牟婁郡鵜殿村一四八〇番地へ転居し、以来引き続き(買収当時も)同所に住所を有していたこと、当時、本件各土地の登記簿上は所有者の住所として満洲安東県南二条通四丁目一番地と記載されていたこと、が認められる。被告等は、大阪府知事及び所轄東淀川区農地委員会においては、当時の社会並びに国際情勢からみて、所有者が登記簿に住所と記載されている満洲安東県に居住しているものとは考えられず、また同所に買収令書を送達することができないことが明らかであつたところから、同委員会の担当補助員をしてその住所を調査させ、その結果、原告が戦前から大阪市東区北浜三丁目中野合資会社をその連絡先としていた旨が判明したので、同所をその住所と認定し、同所にあてて買収令書を送付したが、送達不能となり原告に買収令書を交付することができなかつた、と主張するのであるが、買収当時の内外の諸情勢からみれば、所有者が満洲安東県にそのまま居住していたものとはとうてい考えられないから、所有者の住所が右登記簿上住所と記載されている所にないものと認めたのはよいとして、(証拠省略)によれば、中野合資会社は、原告と同じく東淀川区内に田畑約一二町歩を所有し、同じくこれを買収されたという以外に、原告またはその父正信とは何の関係もない全くの他人であることが認められるのであるから、このような無関係な場所を原告の住所と認定したことを納得させるにたる合理的根拠がなければならないのに、これを首肯するにたる資料は何もない。

思うに、農地の所有者が何人であるか、所有者の住所がどこにあるかは、当該農地の買収を決定するについて重要な事項であるから、買収計画を樹立する農地委員会は、農地調査規則(昭和二二年農林省令第二号)第一条をまつまでもなく、その調査の義務を有し、調査を行なうため必要がある場合には、関係人に対しその出頭を求め、必要事項の報告を徴し、かつ、農地委員等をして必要な調査を行なわせる権限を有する(同規則第三条。昭和二四年法律第二一五号第一条による改正前の農地調整法第一五条の一九。)とともに、右調査の結果を知事に報告しなければならない(同規則第四条)のである。一方、買収令書の交付は、所有権の得喪という重大な効果を発生させる終局的処分であるから、買収計画に基いて買収令書を交付して買収処分を行なう知事が、同様の調査の職責と義務を有することは多言を要しない。そして、買収令書は直接これを所有者に交付するか、確実な方法でこれを所有者に送達しなければならないが、所有者が知れないときや、所有者が知れていてもその住所が知れないために買収令書の交付をすることができないときも予想されるので、自創法第九条第一項但書は、このような場合に限つて令書の交付に代わる公告をすることができるものと定めている。前記のとおり、買収担当機関は所有者の住所を知る職責と手段を有するから、所有者の住所の認定にあたつては相当な調査の労と必要な措置とを講じなければならない。相当な調査と必要な措置を採つても住所を認定しえないときは、登記簿、土地台帳等に所有者の住所として記載された場所をもつて所有者の住所として取り扱うことは、場合によつてはやむを得ないものということができよう。しかし、相当な調査と必要な措置を講ずれば当然所有者の住所が判明しえたはずであるのに、これを怠り、単に公簿に記載された場所を所有者の住所と認定したりあるいは所有者とは何の関係もない全く別の場所を住所と誤認した結果、かかる場所へ買収令書を送付したがその送達が不能となり、買収令書を所有者に交付することができなかつたとしても、このような場合は、令書の交付をすることができないときにはあたらないから、自創法第九条第一項但書の令書の交付に代わる公告の要件を満たさない。

ところで、(証拠省略)によれば、原告に対しては、本件各土地に対する地租等の納税の告知書は、昭和二二年以降、毎年、所轄東淀川区役所から原告の住所たる前記鵜殿村へ郵送されており、これに基いて原告は、右鵜殿村の郵便局から同区役所あてに、昭和二二年九月一六日に同年度分(控訴判決により、昭和二一年度及び昭和二二年度各全期分と訂正)の、昭和二三年六月三〇日に同年度全期分の、同年一一月三日(控訴判決により一二月三日と訂正)に同年度随時分の、昭和二四年五月四日に同年度全期分の、昭和二五年五月九日に同年度随時分(控訴判決により昭和二四年度随時分と訂正)の、各地租附加税等を、それぞれ小為替によつて送金納税していたこと、そして東淀川区農地委員会は昭和二三年一〇月一八日本件各土地に対する買収計画を定め、同日その旨を公告したこと、がいずれも認められるから、右事実によれば、本件買収計画の樹立から買収令書の交付に代わる公告がされた昭和二五年三月二五日に至る当時、東淀川区役所においては、原告の住所が前記鵜殿村一四八〇番地にあることが判明しており、かつ、同所にあてて郵送すれば原告に到達することが明らかである。そして、(証拠省略)によれば、東淀川区農地委員会は東淀川区役所内で委員会議を開催していたことが認められ、このことから、同委員会の事務所は同区役所内におかれていたことが確認できるから、同委員会が、本件各土地の所有者の住所の認定にあたり、同区役所においてその地租等の納入状況を調査すれば、極めて容易に原告の住所を確知しえたはずである。

東淀川区農地委員会は、所有者の住所を調査するため必要な右地租等の納入状況を調査する権限を有することはすでに述べたところであり、これを調査することは極めて容易なことであつて、前記のとおり、その登記簿上の住所と記載された所に所有者の住所がないものと認めた以上は、進んでこの点につき調査をすべきものである。右調査を怠り、原告と全く何の関係もない中野合資会社をその住所と誤認し、同所にあてて買収令書を送付しても原告に到達しないことは当然のことであつて、このような場合は、買収令書の交付をすることができないときにあたるとはいえないから、自創法第九条第一項但書の令書の交付に代わる公告の要件を満たすものとはいえない。そして令書の交付に代わる公告は、前述の要件のもとで令書の交付と同じ作用を有するものであるから、その重要性から考えて、その要件を欠く場合にされた公告は無効であつて、買収の効力を生ずる余地のないものといわなければならない。従つて、令書の交付に代わる本件公告は無効である。

そうすると、原告主張のその余の買収無効原因につき判断するまでもなく、本件各土地に対してされた買収処分は無効であるというべきである。従つて、買収処分によつて本件各土地の所有権が国に移転したことを前提とし、国から直接または第三者を通じてその所有権を譲り受けたとして、それぞれの被告に対しされたその旨の所有権移転登記はすべて無効であり、本件各土地はなお原告の所有に属するといわなければならない。

そこで被告等の権利濫用の抗弁について判断する。

原告が昭和二八年六月二日本件各土地に対する買収の対価を受領し、また、昭和三〇年九月一一日、第二物件表記載の各土地を大阪市営住宅用地に転用することにつき同意し、売渡処分によつて国から右土地の売渡を受けた当時の所有者等から同意料として金五〇、〇〇〇円を受け取つたこと、は当事者間に争いがない。そこで原告が買収対価や同意料を受領するに至つた事情を考えてみるに、原告が、買収処分後も本件各土地に対する地租附加税等を納税していたことはすでに認定したとおりであるが、(証拠省略)を綜合すれば、原告はその後も本件各土地に対する固定資産税を納め、結局、昭和二六年二月二八日に昭和二五年度第三期分を納税するまでこれを続けていたところ、たまたま居村の所轄税務署の係員から本件買収の事実を知らされ、調査の末、はじめて本件各土地に対しすでに買収処分が完了していたことを知り、昭和二六年一〇月二五日大阪府農業委員会に対し、本件買収の違法、不当を主張して再調査方を陳情したが、同年一二月一一日付で同委員会長から何らの違法がない旨の回答書を受け取つた結果、原告としては、本件各土地に関する権利はすべて失いもはや何らの救済申立の途もなくなつたものと考え、このような考えから、前記の買収対価を受領し、かつ、乞われるまゝに転用に同意して同意料を受け取つたことが認められる。ところで、無効な行政処分はどこまでも無効であつて、処分の相手方の態度如何によつてこれが有効に転化することはあり得ない。行政処分によつて形成される権利または法律関係は、当該行政処分が無効であればその発生をみない。たゞ現在の権利または法律関係に関し、関係者間で協議し、行政処分の効力の有無を離れて、新たな権利または法律関係を設定、形成することは、それが関係者の任意処分に委ねられている分野に属する限り、可能であり、その場合には、その関係者間では、もはや行政処分の無効を主張し、これを理由として、新たに形成された権利または法律関係を否定することができなくなるにすぎない、原告が前認定の事情から買収対価及び同意料を受け取つても、本件買収処分が有効に転化することのないのはもちろん関係者間で原告がその所有権を有しないことについての確認をし、本件各土地につき関係者間に新たな法律関係を設定したことにもならないから、原告はいぜんとして被告等に対し買収の無効を主張し、その所有権を主張できる筋合である。従つて、原告が本件各土地の所有権に基き、その所有権移転登記手続を求めるのは正当な権利の行使であり、これを権利の濫用といえないことはいうまでもない。

次に、本件各土地の明渡を求める部分につき考えるに、被告等は本件各土地をそれぞれ占有するにつき原告に対抗しうる何の権原をも有しないことが明らかで、右占有はいずれも不法占有であるから、元来、原告に対しそれぞれこれを受け渡すべき義務があるというべきである。ところで、現在本件各土地のうち第一物件表記載の各土地には大阪府営住宅が、また第二物件表記載の各土地には大阪市営住宅が、それぞれ建設せられ、多数市民の住宅に供せられていることは原告の明らかに争わないところであるから、原告がもし土地所有権に基きこれら公営住宅の収去を請求するとすれば、それが一般社会に及ぼす社会的経済的損害の大きさ等からみて、無条件にこれを許すことは問題であろう。しかし原告は、本訴において、右公営住宅の収去を求めないで、単に右土地の明渡のみを求め、その明渡義務の存否の確定を求めているにすぎないから(住宅収去義務の存否は本訴においては確定されない)、このような土地明渡請求権の行使を、単にその土地上に公営住宅が存在するという事実があるからといつて、原告の一方的犠牲において制限し、同被告等の不法占有を容認すべきいわれはないといわなければならない。原告がすでに受け取つた本件各土地に対する買収の対価は、買収が無効である以上、不当利得としてこれを返還しなければならないことは当然であり、また、原告は、第二物件表記載の各土地に対する転用同意料を受け取つたが、これによつて右土地の明渡請求権を放棄したものとも解せられないのはもちろん、その額、その趣旨からみて、これをもつて原告の明渡請求権の行使を制限すべき理由とすることもできない。要するに、第一、第二物件表記載の各土地に対する所有権に基く明渡請求権の行使を権利の濫用ということはできない。第三ないし第八物件表記載の各土地については、その明渡請求権の行使を権利の濫用として制限すべき事情は全くない。

以上の理由により、本件各土地の所有権に基き、被告等に対し、それぞれその所有権移転登記手続とその明渡を求める原告の本訴請求は、すべて正当であるからこれを認容し、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用の上、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第三民事部

裁判長裁判官 平 峰  隆

裁判官 松 田 延 雄

裁判官 高 橋 欣 一

平 峰  隆

松 田 延 雄

高 橋 欣 一

第一物件表から第八物件表まで(省略)

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